隔岸観火計
強い敵の将軍の功績の大きさに嫉妬する敵の大臣を動揺させ、内部分裂をはかる火をつける計を、負けそうな陣営がよく使います。
この計がどれだけ有効かは、まず有名な実例をご説明しましょう。
趙の臣、蘇代が強国の秦に対して実行した隔岸観火計
中国の戦国時代には、秦が圧倒的に強く、他の小国は常にその脅威にさらされていました。秦に名将、白起が登場すると、その脅威はさらに強まり、小国の一つ趙は40万の大軍をせん滅され、首都が陥落寸前まで追い込まれました。
この時、趙の臣、蘇代が実行したのが隔岸観火計です。
蘇代はわいろを持って秦の文官のトップ宰相范雎をたずね、その白起の功績への嫉妬心をくすぐります。いわく「このままでは、まもなく白起将軍が趙を滅ぼしますな。そうしたらその功績はあなたを大きく上回りますな。
今なら、あなたが秦王に、趙が領土を割譲することで手を打つことを勧め、停戦すれば、あなたの功績が保たれるでしょう」この一言は范雎の気持ちをぐらつかせます。
范雎は秦王に話しかけます。
いわく「わが軍は、長い間遠征して疲れ切っています。白起将軍もなかなか趙を降伏させられません。ここは趙に領土の割譲を要求して停戦したほうが得策では?」
秦王は自分でも白起の功が大きくなりすぎることを懸念していたこともあり、この策にのり、趙に領土割譲を条件とする和平工作を行い、停戦しました。
この決定に白起は大いに不満でした。
もうすぐ趙を完全に滅ぼすことができたのに、秦の中での出世のライバル范雎にじゃまをされたと感じたのです。白起のさらなる失敗は、凱旋後に、秦王に不満の態度を見せてしまったことです。「私はもう少しで趙を滅ぼせるところでしたのに、なぜ撤退させたのですか」と不平たらたら言い、以後軍の指揮をとることを断ったのです。
秦王も、状況をみて、再度趙を攻めることにしましたが、白起以外の将軍では、指揮能力が劣り、思うようにいきません。そこで秦王は再度、白起に趙攻めの大将軍を命じました。しかし、白起は病気を理由に断ります。
これを見ていた范雎が秦王に「白起は他の国に亡命しそうです。あんな有能な将軍が敵に回ったらやっかいですよ」とたきつけます。そうなるぐらいなら、と秦王は白起を処刑してしまいます。
負けそうな国の臣が、敵の将軍のライバル関係にある大臣の嫉妬心に火をつけ、たくみに将軍の排除に成功し、自分は岸を隔てた遠くにいて、策が進み内部抗争の火が燃え広がるのを観ていたという訳です。隔岸観火計とはよく言ったものです。
現代版の隔岸観火計
36計の中で、これほど今の日本でもよく使われている計はないでしょう。この計は社会経験の長いリタイア世代の方なら、高い確率で見聞きしているでしょう。
よくある話しは、業績を拡大して絶好調の大阪支社長常務に、「自分の地位をひっくり返される」と心配している東京本社の専務の嫉妬心を読んだ大阪のライバル会社の策士が、この専務にひそかに近づき、社長に常務の悪口をささやくよう言葉巧みに勧めるのです。
そして社長の常務に対する猜疑心をあおり、その昇格を阻止します。うまくいけば降格にもっていけることだってままあります。こんな策が成功率が高いからこそ長年使われ続けているのです。
業績で負けているライバルに必ず潜んでいる嫉妬心に火をつける、という策は、人間心理の基本をついているので成功率が高いのです。下手すると、誰にもそそのかされなくても自ら実行する専務すらいるかもしれません。
トップからみれば、この策がしばしば使われることを常に心しておく必要があります。さもないと、抜群の業績を上げられる幹部を引き抜きで失い、陰口がうまい幹部だけが残ることになりかねません。後に残るのは、弱くなった負け組一直線の組織でしょう。
36計がいかに人間の本質的弱点を突いており、今でも大いに使える策略が多いか、ということ。そして、これを常に意識して行動する中華系の経営者の恐ろしさをよく覚えておきましょう。36計の第9計「隔岸観火計」恐るべし!